今日からあなたも松下村塾生!『松下村塾スクールバッグ』

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松下村塾とは?
吉田松陰が主宰した私塾として有名な松下村塾。
天保13年(1842)、松陰の叔父である玉木文之進が自宅で私塾を開いたのが始まりです。
松陰が継いだのは、安政4年(1857)。28歳の若さにして塾長を務めます。
松陰は身分や階級にとらわれず数多くの塾生を受け入れ、名簿は残ってませんがその数50~90名と言われているようです。
松陰が教鞭をとったのは、わずか1年余りの短い期間ではありましたが、久坂玄端、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋、山田顕義、品川弥二郎など、のちに明治維新を起こし、新政府に活躍した多くの逸材を輩出しました。

萩城下の「松本村」にあったので、「松下村塾」という名がつけられました。

私も幕末の時代に生まれていたら、教え子になって、他の塾生と熱い議論をかわしたかったなぁ…。
そんな気持ち(妄想?)で、スクールバッグをつくってみました。
エンブレムは、本当にあったわけではありませんが、吉田松陰の家紋をもとに、イメージしました。
松下村塾生ファンのみなさん、このトートバッグを使って、松下村塾生の気分を味わってみてくださいね。

※男女兼用になっております。

小日向えりコラム
吉田松陰~時代を動かした熱血指導者は、キャンパス全面禁煙の先駆者!?~

 吉田松陰が開いた松下村塾は、後に日本を動かす多くの優秀な人材を輩出します。
松陰先生がいなかったら、その後の歴史は違うものになっていたといっても過言ではありません。

辞世の句は
「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂」(たとえこの身が武蔵野の野辺に朽ちたとしても、大和魂はここに残していこう)

松陰先生らしく、熱い句ですよね。もうひとつ私が好きな句があって

「親思う心にまさる親心 けふのおとずれ何ときくらん」
(親が子を思う心は、子が親を思う心より大きい。両親は今日の便りをどう思うだろう)

 これは江戸で罪人として処刑が決まった松陰先生が、故郷の両親に手紙で送った句です。
 幕府の重臣暗殺を企てた疑いで、長州から江戸に送られることになった松陰を見送る際、両親は「きっと殺されてしまうから絶対に真実を話してはいけないよ。」と、諭したのですが、松陰の大和魂(信念)があります。自らの正義を貫いて、幕臣暗殺を企てたことを正々堂々と白状しました。そして大老井伊直弼の怒りを買い、処刑されてしまいます。
 家族想いな松陰先生ですから、親孝行の気持ちは人一倍だったはず。必死に自分を止めてくれた両親を悲しませてしまうことになり、自責の念でいっぱいだったでしょう。死ぬ間際まで、両親のことを思いやっている松陰先生の胸中をを察すると、胸が締め付けられてやるせない気持ちになります。

 ほかにも数々の名言を残していて、本当に真面目な熱血教師だった姿が想像されます。
「至誠にして動かざる者は未だこれ有らざるなり」 (誠意を尽くして接すれば、心動かさないない者はいない)

 奇策を打ったり、だましたりすることなく、誠意を持って人に接する。そんな熱い話で、松陰は多くの人々の心を動かしてきたのでしょう。数々の松陰語録を読んでいると、まるで自己啓発本のようです。後世の人々に大きな影響を与えたカリスマ的存在で、松下村塾を手本とした学校もたくさん作られたようで、その中には松陰の教えだけでなく、間取りまで同じにしようとした学校もあったらしく、模型まで作られていたといいます。ここまでくると、もう宗教の教祖並みの扱いですね。

 ペリーが浦賀沖に来航した際、黒船に乗り込もうとした逸話に関しては、アメリカ側の史料にまで“おかしな人がきた”と残されているほどですが、松陰自身は至って真剣だったようです。
その時に持参していた荷物が大量で、刀や衣類、書物はもちろん、米一斗にかつおぶしとスルメまであって、本気で渡米しようと考えていたのだと思われます。
渡米できる確約がないにも関わらず、あれも必要だ、これも必要だと事前に準備している松陰の姿を想像すると、なんだか微笑ましいですね。(笑)
旅行に行くとき、無駄に荷物が多くなるタイプに違いありません!!!
その割に語学の勉強はたいしてしてなかったようで、「荷物や食べ物よりむしろそっちの準備が先でしょっ!!!」とツッコみたくなります。(笑)

 また、生涯独身で浮いた話もなく、酒もタバコもたしなまない禁欲的な人でした。
特にタバコ嫌いは有名で、松下村塾では日本初の“キャンパス全面禁煙”が施行されています。
喫煙者を見つけると盛んにタバコの害を説き、通学のときに煙管を持っている人からは取り上げていたほど。


 松陰自身は直接的に歴史の表舞台で活躍はしませんでしたが、その教えや死に衝撃を受けた教え子たちによって、間接的に時代を動かしました。
当時の人々にとって、松陰に学ぶことは誇りだったといいます。
現代の学校にいたら、私も松陰先生の教え子になりたいです。