アンディ・ウォーホル風 高杉晋作Tシャツ(ホワイト)

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アンディ・ウォーホル風 高杉晋作Tシャツ
〜動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し〜

20世紀後半、アメリカのポップ・アートの先駆者として活躍したアンディ・ウォーホル。
高杉晋作の肖像写真を、アンディ・ウォーホルの人物アイコン風にデザインしました。
カラーは日本の伝統工芸品などに使われる伝統色を使用。

アメリカンポップ・アートの奇抜な色使いと、長州藩のアバンギャルドなイメージを重ねて企画いたしました。
晋作のキャッチフレーズ
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し。」を翻訳し、Tシャツにプリントしました。
Moving like the lightning,Speaking like the storm.


■高杉晋作とは?
天保10年(1839年)、長門国萩城下に長州藩士の長男として生まれる。
安政4(1857)年、松下村塾に入塾。
文久2年(1862)年、英国大使館焼き討ちなど、過激な尊攘運動を展開。
翌年、奇兵隊を組織するも3ヶ月で総督を罷免。
文久4年(1864)年、遊撃隊,力士隊を率いて内戦に勝利し、藩の実権を掌握する。
しかし肺結核のため桜山での療養生活を余儀なくされ、慶応3(1867)年、大政奉還の実現を見ることなく死去。享年27歳。


三味線片手に太く短い人生を駆け抜けた「幕末の風雲児」

高杉晋作と言えば、私はとにかく彼が遺した辞世の句が大好きです。

「おもしろきこともなき世をおもしろく すみなすものは心なりけり」

ストレス社会の中で、この言葉は誰の心にも響く力を持っていると思います。
 この句に関しては、上の句を詠んで力尽きた晋作がいったん意識を取り戻し、再び筆を取って下の句を書き足したとされていました。ただ、実際には、晋作の臨終に立ち会った野村望東尼(もとに)という女流歌人が下の句を詠んだようです。
晋作は目を開いて下の句を一読すると、「面白いのう」といって息を引き取ったといいます。

この辞世の句からも分かる通り、晋作は粋でどこか厭世的、都々逸をたしなみ、いつも三味線を持っている多彩な趣味人としてもよく知られています。
三味線は、竿の部分を折り畳める携帯用のものを自作し、民家の軒先でよく清元節を歌っていたそうです。酒やタバコも好みました。酒楼に入り浸っては全く腰を上げず、周囲の人たちもほとほと困り果てていたようです。タバコは16歳のときから呑み始めましたが、あるとき、愛用の煙管をなくしてしまいました。それをきっかけに禁煙を始め、タバコ嫌いだった吉田松陰先生にならって「煙管を折るの記」という文章を残しています。
 ですが、後に京都にいた頃を綴った「煙管持参」という文章がなかに
「酒は飲むべし、女も愛すべし、また時に一服の煙草も良しとする心境である」
と書かれています。どうやら、禁煙は挫折してしまったようですね(笑)。

 妻の「まさ」との結婚に関しても面白いエピソードがあります。まさは萩城下一の美人と言われた女性で、言い寄る男性も多かったようですが、後年、晋作を夫に選んだ理由を尋ねられたところ「クジ引きで選びました」と言ったそうです。かわいい照れ隠しですね。
 一方、政治や学問に関しては周囲も驚く激情家でした。親からは松陰先生の松下村塾に通うことを反対されましたが、向学心を抑えきれず、18歳のときに、松下村塾の門を叩きます。家族が寝静まった頃を見計らって、萩城下から歩いて30分、3kmの道のりを通学したそうです。寝る間も惜しんで、学問に情熱を注いでいたんですね。
 1歳下の久坂玄瑞と競うように勉強し、晋作は「鼻輪も通さぬ放れ牛」久坂玄瑞は「政庁に座らせておけば、堂々たる政治家」とたたえられ、2人はいつしか松下村塾の双璧をなします。「放れ牛」とは束縛されない人という意味。イギリス公使館を焼き討ちしたり、奇兵隊を創設したりと、常識にとらわれない大胆な行動をとっており、本人も「俺は古いものを叩っ壊すのは得意だが、新しいもんを造り出すのは苦手だ。」と言っています。
 「動けば雷電の如し、発すれば風雨の如し 衆目駭然として敢えて正視するものなし。これ我東行高杉君に非ずや」
これは、下関市東行庵の高杉晋作顕彰碑に刻まれている伊藤博文の撰文です。晋作とともにわずか80人で決起した藩内クーデターに賛同した博文だけに、その評には真実味があります。太く短い生涯を、疾風のごとく駆け抜けた晋作に風雲児ぶりをよく表していますね。
 破天荒な印象が先攻する晋作ですが、大胆さと繊細さをあわせもっている人のように感じます。その分、思い悩むことも多かったでしょう。幕末という激動の時代を生きて、世の中を嘆いていたのかも知れません。人生が心の底から楽しくて仕方がないという人ならば、あの辞世の句は詠まないと思います。
おもしろくない世の中でも、心のもちようで楽しく生きよう! と心がけていたのではないでしょうか。
そういった晋作の心意気を見習って、思い通りにいかない人生ですが楽しく生きていきたいものですね。